stole

2007年6月5日 身内連絡
♪1

着信は突然だった。

なじみの無い音が携帯電話から流れ、僕は少しだけビックリした。自分に電話をかけてくる人間なんてそんなに多くない。だからそういう番号は着信メロディを登録しているし、そもそも電話自体が稀だ。だから、ポケットの中の電話が鳴った時に僕は少なからず驚き、そして一つの確信を持っていた。番号を確認すると、思ったとおりの文字が書いてあった。

「非通知設定」

その文字を前に僕は少しだけ身構えた。ようやく来たかとは思ったが、何もくることを望んでいたわけじゃない。もしもこの電話を取らなくてすむのであれば、それが一番平和だって事はわかっている。こんな思いはしたくない。だがしかし現実では、目の前で電話が鳴っているわけなのだ。そんな心境のせいか短いため息とともに受話ボタンを押したことを、どうぞ責めないで欲しい。

「はい、●●です。」

僕はわざと自分の名前を大きめに話した。少しばかりの鼓舞と、虚勢だった。

「始めまして。▲▲です。」

案の定だった。苗字は警察から聞いていたから間違いない。思えばこの声をはじめて聞いたのは2ヶ月前、自分が「ここに財布が落ちていませんでしたか?」 と聞いて以来だった。その時の相手の声は「しらない」の一言だったが、今の電話の相手は間違いなくその時のあいつだと、なんとなくわかった。

実を言えば、相手に対してそれほどの嫌悪感は抱いていなかった。というのは、自分が財布を置き忘れたという事実はあるわけだし、その点については自分のミスだ。それに、自分が絶対にネコババをしないかと言われると、絶対にといえる自信が無かったからだ。まぁ、小心者の自分のことだから、きっと警察に届けるに決まっているのだろうけど。そんな気持ちでいたから、それ相応の金額を返してもらうことが出来るのであれば、後はそれで忘れるつもりだった。

そう、相手の言葉を聞くまではそう思っていたのだ。

続く
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続き

♪2

「この度はとんでもないことをしでかし、大変申し訳ございませんでした。精一杯の謝罪をさせて頂きますので、どうぞ許してください」

電話の言葉を聞いたとき、自分の中に違和感が生まれた。そりゃ悪いことをしたなら、まずは謝る事。それはその通りだ。これは小学校、もしくはその前の幼稚園や保育園で教えられる。しかし、一番大事なのは何故謝るのか。ここではないだろうか。

これに気がついたとき、自分の中に感じた違和感がかちりとはまった。そう。彼が謝ったのは、「自分がとんでもないことをした」事に対してだったのではないか。もしそうなら、それは謝罪ではない、反省だ。それは僕に対してすることではない。親兄弟、もしくは百歩譲って警察にすべき謝罪じゃないのか。

僕としてはネコババなんかたいした事は無いと思っている人間だ。だから普通の謝罪をもらえればそれで終わる話だと思っていたのだ。しかし、彼の台詞はどのように聞いても、普通の謝罪とは思えなかった。

自分の血が一瞬沸騰しかけたのを抑えることが出来たのは、電話だったからかもしれない。もし、抑えていなかったら、こんなことを口走っていたのかもしれない。
 
「ユルサナカッタラ、シャザイヲシナイツモリカ?」
 
いや、黒くなるのは後でも出来る。今はまだ、早い。この気持ちを振り切るために、露骨に話を変えたのは、彼のためだと、私はそう信じたい。信じたいのだ。

「許す、許さないというのは警察からお話が行っていると思います。その話はともかく、僕はかなり待ったんですが、なかなか連絡がきませんでしたね。もう2ヶ月も待ちましたよ」

そして、僕の甘さを笑いたい人間は笑えばいいと思う。笑われることには慣れているのだから。僕はただ、相手のゴメンナサイという言葉が聞きたかったのだ。そして今しゃべったこの台詞は彼に対する僕からの誘導尋問だったのだから。そしてその言葉を聴いて、相手の謝罪を改めて聞いて、話が簡単に終わると思っていたのだから。そう。僕はまだ、彼を信じていたのだ。

「待っていたのかもしれませんが、私が警察から●●さんの電話番号を聞いたのは昨日だったんですよ。」

そうだね。笑われることには慣れているが、裏切られることには慣れていない事に気がついていなかった。いや、知っていながらそれを見ないようにしていたのか。そんな自分の甘さを呪えばいいのか。僕の、どうしようもない、無常観を伝えるには、どうしたらいいだろうか。
 
 
 

もういい。
僕は彼の希望に沿いたいと思う。
精一杯の謝罪をして許しを請いたいというその希望を。

続く

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